[恐竜王国中里]
日本の大学生がモンゴルで新しい恐竜を発見
 96年夏、日本の大学生がモンゴルで恐竜の化石を発見しました。 発掘の現場はモンゴルの首都ウラン・バートルから列車で南へ半日ほどのところにあるフルン・ドッホという砂漠地帯です。 約1週間の日程の、モンゴルへの恐竜化石発掘ツアーでの出来事でした。
 その後、化石はツアーの協力者でもあるバルスボルド博士らによって調査され、新種の恐竜であることがわかったのです。
 この貴重な発見とその後の経緯を、新種恐竜の第一発見者になった武井さんの手記で紹介します。

1996/09/01 化石発見

     実際に現地で化石探しをしたのはツアー中の3日間でしたが、ボクらの班はこの期間中にたいした発見はないままでした。 骨が単体で見つかるくらいで、一体分の骨がまとまって出ることがなかったのです。
     そして化石探し最終日の午後、恐竜発掘の「最終日のジンクス」が目の前で起こったのでした。


1996/09/01 そして発掘作業

     地表で見つけたひとつの関節の骨が発端となって、地中に埋もれている恐竜の全身化石の発掘が始まりました。 骨の化石がひとつずつあることと、一体の恐竜の化石があることとの違いに、作業を通じて初めて気づかされたのでした。


1996/10/18 プレス発表

     この日、モンゴルと縁深い中里で大きなイベントがありました。 開催中のモンゴル恐竜特別展に加えて、ツアー参加者の発案による「恐竜を語る会」の開催、そしてバルスボルド博士による新種恐竜のプレス発表です。
     夏の発掘ツアーの際に初めて中里のことを知りましたが、まだ訪れたことはありませんでした。そこで、いい機会だからと思って行ってみることにしました。プレス発表で何が発表されるかも知らずに…。


1997/04/29 名前決定?

     第二回「恐竜を語る会」のとき、中里のホームページを作ろうという提案がでて、「中里村(当時)情報発信サポート隊」が結成されました。 そのホームページも形になり始め、博士に監修を依頼するために中里で会合がもたれたこの日、あの化石についての情報を聞くことができました。



 あの日のモンゴルの発掘現場は、暑すぎも寒すぎもせず、ハエも風も少なく、作業に集中しやすい環境でした。 骨が地面から露出していたのは、前日の強風のおかげだったのかもしれません。
 キザな言い方かもしれないけれど、本当に「運がよかった」ことで化石が見つかったのでした。

 あの日、あの時、あの場所での、人と大地とすべての巡り合わせに感謝。


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Last Update: Jun. 15, 1998